飛鳥・白鳳時代 (あすか・はくほうじだい=今から約1300〜1500年ほど前)6世紀から710年

飛鳥時代

米は栄養や生産にすぐれており、長い間貯えておけるものとして、とても大事なものでした。そのため米を基本通貨 (きほんつうか) とし、米を税 (ぜい) としておさめるという仕組みが生まれ、それは明治政府による地租改正 (ちそかいせい) まで続くことになります。

班田収授 (はんでんしゅうじゅ) の法 647年 (大化3年)
国を治めるためのほうりつができあがり、豪族のし配していた土地や人は国のものとなりました。大和朝廷は人々に一定の田=口分田 (くぶんでん) をあたえ、米で租 (そ=ぜい) をおさめさせました。口分田は売買ができませんでした。人々に口分田を分けるのに、条里制 (じょうりせい) という方法を使いました。

この時代の農具は、田んぼをたがやすことを目的としたものがほとんどでした。穂 (ほ) をかり取るのではなく、今のように根っこのほうの部分をかり取る方式が広がり、そのための農具として鉄のかまが広がっていきます。

古墳 (こふん) 時代

奈良時代