奈良時代 (ならじだい=今から約1200〜1300年ほど前)710年から794年

奈良時代

奈良時代になると都はにぎわうようになりました。しかし地方の人々は粗 (そ) ・庸 (よう) ・調 (ちょう) といったぜいや、役所・寺を建てたり、兵となったりする仕事に苦しみました。農民のなかには、口分田や家をすてるものがふえてきました。また人口もふえたので、722年 (養老6年) 、朝廷は田地をふやすために百万町歩の開墾計画 (ひゃくまんちょうぶのかいこんけいかく) をたて、723年 (養老6年) には、三世一身法 (さんぜいいっしんのほう) を出して不足した田をおぎないました。さらに、743年には墾田永世私有令 (こんでんえいせいしゆうれい) という法を出しました。

墾田永世私有令 743年 (天平15年)
新たに田畑を作った人が田をこの先ずっと自分のものにできることになりました。これは、すべての土地が国のものとなっていたきまりをなくすことになりました。このため、力のある貴族 (きぞく) や寺社は新しい田畑を作りはじめ、やがて荘園 (しょうえん) という自分たちの土地づくりが広がります。

奈良時代には田植えが広がります。田に生えるざっ草のヒエを取ることに苦労していましたが、別の場所で大きく育てた苗 (なえ) を植えるという田植えを考え出しました。こうすればヒエをふせぐこともでき、また苗も同じように育つことができます。

農地を広げるために地方へと広がっていきました。寒い土地にも田を広げようとしたため、寒さに強い稲 (いね) の品種が開発されました。

田んぼの面積は、今の3分の1である100万ヘクタールもあったようです。

飛鳥 (あすか) ・白鳳 (はくほう) 時代

平安時代