北条泰時(ほうじょうやすとき) 寿永二年 (1183年)〜仁治三年 (1242年)

北条泰時

鎌倉 (かまくら) 時代の武将 (ぶしょう) 。道理を理念とした政治に努めた。わかいときから民のために力をつくした人であり、名君として高く評価 (ひょうか) された。

飢饉 (ききん) の時に米と酒を配る

泰時が19才のときのこと。毎日蹴鞠 (けまり) と酒宴 (しゅえん) をしている将軍・頼家 (よりいえ) をいさめました。「飢饉 (ききん=農作物が実らず、うえ苦しむこと) のおそれがある時に、蹴鞠とは。頼朝 (よりとも) 公は天変地異 (てんぺんちい=天地間の自ぜんのいへん) の時は、遊びもやめ、ご祈祷 (きとう) をなさった。それにくらべると、なっとくできません」と言ったそうです。この言葉が頼家のいかりをかいます。しかし泰時は、いかりにはかまわず、次の日に伊豆に帰りました。そのとき、伊豆の国は大変な飢饉にみまわれ、農民が苦しんでいたのです。不作のために疲弊 (ひへい) し、税 (ぜい) である米をおさめるどころか、出挙米 (すいこまい=領主からの貸付米) も返せず、逃亡 (とうぼう) の準備 (じゅんび) をしている者もいました。泰時は飢饉に苦しむ農民を集めて出挙米の証文 (しょうもん) を焼きはらったといいます。そして酒や米をふるまったそうです。将軍に諫言 (かんげん) し、一方で自ら人びとの救済 (きゅうさい) にかけつけたのです。

「道理」を理念とした社会作り

泰時は、貞永 (じょうえい) 元年 (1232年) 、初めての武家成文法 (ぶけせいぶんほう) として名高い「御成敗式目 (ごせいばいしきもく) 」を定めました。これは「弱者を見すてず、どんな立場の者も道理にしたがうこと」を理念とした、武士の秩序 (ちつじょ) をただすための法律です。

鎌倉時代は、武士は日ごろは農村に住み、米の作り手でもありました。特に御成敗式目の第七条と第八条では、将軍からあたえられた領地は、それ以前の所有者を名乗る者が現れても返す必要がなく、また現在の領地を二十年以上おさめている場合は、いかなる場合もその支配権 (しはいけん) を保証 (ほしょう) すると明言しています。これは鎌倉幕府の家臣 (かしん) である御家人 (ごけにん) の土地をほごするものですが、これにより土地をめぐってのあらそいは押さえられ、農地の安定化につながっています。

大飢饉では自らの命が危ないほど節食

寛喜 (かんき) 元年 (1229年) 7月は、真夏に雪がふるという大冷害 (だいれいがい) がありました。また、8月は大風雨で農作物はひがいを受け、草木はかれたと言われます。ぎゃくに冬は暖冬異変 (だんとういへん) で京都では12月に桜 (さくら) がさき、セミが鳴いたと伝えられています。そしてついに、寛喜二年 (1230年) から寛喜三年 (1231年) にかけて、大飢饉となりました。米も麦もかれ、餓死者 (がししゃ=うえて死ぬもの) が続出しました。

北条泰時はてっていした倹約 (けんやく) を進めます。昼食はぬき、宴会 (えんかい) や遊びはとりやめるなど、あらゆるぜいたくを禁じました。北条泰時自身、率先 (そっせん) してこれを守り、泰時の減食 (げんしょく) について「病気でなくとも存命 (ぞんめい) しがたし」と伝えられているほどです。

また、北条泰時の地元である伊豆で米倉 (こめぐら) を有する者に出拳米 (すいこまい) を放出するように命じ、それによって農民を救済 (きゅうさい) しました。また美濃 (みの) をはじめとして千余町 (せんよちょう) の年貢 (ねんぐ) を免除 (めんじょ) し、旅人にも食糧 (しょくりょう) をあたえたと伝えられています。

平和がもたらした農業の発達

北条泰時は、名君でありながら、やはりすぐれた武将だったのでしょう。北条泰時が執権を務めている間は、めずらしく平和な時が続いています。動乱 (どうらん=世の中がさわぎみだれること) の種子を未然 (みぜん) にふせいでいたのでしょう。

そしてこの平和な時代に、農業は発達し、米のとれ高も大きくのびました。牛や馬の力を利用して土地をたがやす技術 (ぎじゅつ) が広がりはじめました。灌漑 (かんがい) ・治水 (ちすい) が行なわれて、水田に水を引くために水車が使われ、鎌 (かま) や鍬 (くわ) 、鋤 (すき) などを専門 (せんもん) に作る鍛冶 (かじ) も生まれました。ひ料も使用し始めます。また、米を早く手に入れようとして、早米を作らせたという記録もあり、二毛作も始まっていたようです。平和のいじによる農業生産高の向上、それは飢饉の農民救済に駆けつけた青年・北条泰時が構想していたそう大なビジョンの実現 (じつげん) だったのかもしれません。

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