第五話「蛇酒」

第五話「蛇酒」

今は昔、比叡山 (ひえいざん) で修行している僧 (そう) がいました。比叡山 (おやま) にいても先の見込み (みこみ) もないと思い、山を下りて生れ故郷 (こきょう) の攝津 (せっつ) の国へ帰りました。妻 (つま) も持ちましたが、その里で法事や供養 (くよう) などあるときは、やっぱりこの僧が呼 (よ) ばれて、講師 (こうじ) などもつとめるのでした。大して学問のある人ではありませんが、田舎 (いなか) の村里では、その程度 (ていど) のことですみましたので、修正会 (しゅしょうえ) などのときも、この僧は導師 (どうし) として頼 (たの) まれたりしました。

そういう法会のときのお餅 (もち) を、僧はたくさんもらい、人にもやらずに、家にしまっていましたが、この僧の妻が「お餅がもったいないわ」といいました。

「子供 (こども) や使用人に食べさせるより、固くなった餅をこまかく砕 (くだ) いてお酒に作ったらどうかしら」

…僧も、それはいいと思って、酒を造 (つく) ることにしました。

もう酒ができあがる頃 (ころ) だろうと妻が思って、壷 (つぼ) をあけてみると、壷の中で何だか、うごめいている気がします。おかしいな、と思いましたが、暗くてよく見えません。

灯をつけて壷の中に入れてみると、これは何としたこと、大小無数の蛇 (へび) が、あたまをもたげて、うごめいているではありませんか。

「きゃあっ……」…妻はいそいで壷の蓋 (ふた) を掩 (おお) って逃げ出し、夫の僧にこうこう、といいました。

<まさか、そんな…>

僧も信じられませんが、灯をともして壷の内を見ると、まさしく大小の蛇がうごめいています。これはどうしたこと、しかし気味わるいから捨 (す) てなければしょうがない、と壷に蓋をして遠くまで運び、広い野原の中に捨ててきました。

折 (おり) から、一、二日たって三人の男がそこを通りかかりました。壷をみつけて、何だろう、と蓋をあけてみると、まことに何ともいえぬよい酒の香 (かお) り、その男は驚いて、

「おお、すごい香りの酒だ」

…あとの二人も壷をのぞいて、

「おいしそうな酒だねえ」

はじめの男は元来、たいへんな酒好きでした。

「おれはあの酒を飲んでみようと思う」

あとの二人はとめました。

「こんな野原に捨ててあったのだ。何かわけがあるんだろう、気味が悪いよ。およしよ」

しかし、最初に飲む、といった男は、承知 (しょうち) しません。

「どんなわけがあってもいいよ、おれはあの酒を飲まずにはいられない」

腰 (こし) に下げていた湯呑み (ゆのみ) をとって、酒をすくって飲みます。まことに甘露 (かんろ) 。よいお酒です。

「うまい!」と叫 (さけ) ぶと、あとの二人も、もとより酒好き、

「よし、こうなったら、たとえ何があってもおれたちは一緒 (いっしょ) だ、見殺しにしないぞ」

などと無茶なことをいって、二人の男も負けずに飲み出します。いやあ、うまい、というのでしたたか飲み、あとは三人でその壷を担 (かつ) いで家へ持って帰り、毎日飲みましたが、べつに何のこともありませんでした。

この噂 (うわさ) は僧のところへも伝わりました。僧も仏の道を少しながら学んだ身、まんざらの無智 (むち) ではありません。 (ああ、悪いことをした。仏さまに供 (そな) えたお餅を、私欲 (しよく) で無法に横取りして酒に作ったばかりに、仏さまはわれらには蛇の酒を見せられたのだ。) …そう反省して、深く恥入 (はじい) ったということです。

第四話「尽きぬ米袋」

第六話「竜神の雨」