第九話「猫怖 (お) じ大夫 (たいふ)」

第九話「猫怖じ大夫」

今は昔、藤原清廉 (ふじわらのきよかど) という男がいました。山城の国 (今の京都府の南) 大和 (やまと) の国 (今の奈良県) 伊賀 (いが) の国 (今の三重県の西) にたくさんの田を持っていてたいへんな金持でした。

ところがこの清廉は、かつて税金 (ぜいきん) というものを払 (はら) ったことがない、強欲 (ごうよく) でずるがしこい男なのです。

たまたま、大和守 (やまとのかみ) (大和の国の長官) に任 (にん) じられた藤原輪公 (すけきみ) は、 (わしの任期 (にんき) のあいだには、きっと取りたててやろう) と決心しました。

しかし清廉という男は、役人あがりで京 (みやこ) の政界 (せいかい) に顔がきく上に、長年勤続 (きんぞく) の功労 (こうろう) で、五位の位 (くらい) を頂 (いただ) いて、大夫 (たいふ) と呼 (よ) ばれるほどの、名士になっています。ふつうの人民なら、税金を滞納 (たいのう) すればしかるべき罰 (ばつ) を受けますが、勢力 (せいりょく) ある彼 (かれ) に手を触 (ふ) れることはむつかしいのです。

...国守 (くにのかみ) ・輪公は、どういう戦術 (せんじゅつ) で、したたか者の清廉をやっつけてやろうと考え、ついに (うむ、これしかない) と思いつきました。

ある日、清廉が何かの用で役所をおとずれました。かねて計略をめぐらせていた国守は、にこにこと迎 (むか) え、役所の中ではなく、裏 (うら) の、侍 (さむらい) たちの宿直室へ案内させます。

「よい折 (おり) でした。私 (わたし) からも折入ってお話がありましてな。内々でお耳に入れたいことが」

「はて。なんでございますかな」

清廉が入ると、侍が外からぴしゃりと戸を閉めます。その部屋は三方は壁 (かべ) 、戸を閉めると密室 (みっしつ) です。

「実はほかでもない、お手前の未納 (みのう) の税は積 (つも) り積っておびただしいたかになっておる。これをぜひとも、今日は納 (おさ) めて頂 (いただ) きたい」...なあんだ、またその話か、というような清廉の顔です。

「私も気にしておるのですが、何分、忙 (いそが) しさにかまけておりまして...はいはい、只今 (ただいま) 、家に戻 (もど) りましてすぐ計算いたし、今月中には必ず...」

と、にやにやしているところをみますと、またもや、のらりくらりと言いぬけるつもりでしょうか。国守はきっとして、「今までの国守と同じように思うて侮 (あなど) るな。この場で命令書を書いて家へ取りにやらせればよい。おぬしは信用できぬ」「お疑 (うたが) いとはなさけない。いえ、いえ、必ず必ずお払いしますゆえ、ひとまずここは......」となおもいいぬけようとします。

「わしをみくびるな。今日はどうあってもおぬしから責 (せ) めとるつもりだ。おぬしの一ばん怖 (こわ) がるものを用意したからな」

...この厚 (あつ) かましい清廉を怖がらせるものって何でしょう。

「それッ者ども。用意のものを」国守の命令に、はっと侍たちが戸をあけて中へ追いたてたものは......

猫 (ねこ) なのです。黒猫、白猫、三毛猫、灰色猫がまんじ巴 (どもえ) と座敷 (ざしき) 中をかけめぐり、「わおわお」「ぎゃー、にゃあ」「ぎゃうーん」

清廉はねずみの生れ代 (かわ) りなのか、死ぬほど猫を恐 (おそ) れるたちだったのです。涙 (なみだ) をこぼし、ふるえあがって、「おたすけを......」と生きた心地もなく、「払います、払いまする......」

国守はもちろん、首尾 (しゅび) よく取り立てに成功し、清廉は理不尽 (りふじん) なやりかただとみんなに訴 (うった) えて廻 (まわ) りましたが、かねて清廉の猫怖 (お) じを知っている人々は、腹を抱 (かか) えて笑うばかりでした。

第八話「からくり童子」

第十話「弘法さまの池」