日本の3倍以上ものお米を食べる国。米をゆ出する大国ふっ活に向けて機械化を進めるミャンマーの田んぼ。

日本から南西に約4,500kmの所にミャンマーという国があります。インド、中国、タイなどの国に囲まれており、国の南にはインド洋が広がっています。国土面積は約68万k㎡ (日本の1.8倍) 、人口5,344万人 (日本の約半分) となっています。全人口の半数以上が農村に住み、労働者の半数以上が農業を行っている農業大国です。

お米の生産がさかんで年間約2,642万トン (日本の約3倍) もあり、食べる量も一人当たり210kg (日本の約3〜4倍) となっています。

ミャンマーは1930年代には世界でも最大の米ゆ出大国でしたが1962年からは国内での売買に力を注いだため、ゆ出する量は少なくなりました。しかし、2011年からは、ふたたび米のゆ出大国ふっ活に向けて農業の機械化などに取り組んでいます。

ビジネスの世界においてミャンマーは「最後のフロンティア」とよばれており、さまざまな国から会社がやって来ています。特に農業については、今後アジアの中でも、最も米の生産を高めることが出来ると期待されています。コンバインによる稲刈り (いねかり) 、せい米所など、世界でも有数である米どころのヤンゴン周辺の田んぼをしょうかいします。

市街

き付指数が世界でナンバーワンの仏教 (ぶっきょう) 国

世界銀行という所が2017年に発表した世界ランクの中で、ミャンマーが世界ナンバーワンとなったのが、き付指数とよばれるものです。ミャンマーの人は、自分たちの食事をけん約してでも、お寺などにき付をするそうです。国民の約9割 (わり) が仏教を信じており、男女を問わず多くの国民が一週間ほど出家 (=家を出て寺などで仏につかえること) をすることでも知られています。「徳 (とく) 」を重んじ、いさかいをきらうという、おだやかでやさしい国民です。ほほえみの国という言葉がありますが、農場やせい米所でも、「ミンガラバー (こんにちは)」とあいさつをすると、だれもがほほえみながら「ミンガラバー」とこたえてくれます。

  • ヤンゴンの仏塔 (ぶっとう)
  • 仏塔 (ぶっとう) の寝仏 (ねぼとけ)

日本の3倍以上お米を食べる国

  • おかずと白ごはん1
  • おかずと白ごはん2

ミャンマーの人は一年間に約210kgのお米を食べます。日本では一年間に54.6kg (2015年) 食べると言われていますから約3倍以上にもなりますね。昼食と夕食は、日本と同じようにお米を主食としておかずといっしょに食べているそうです。

しかし、朝食として人気があるのが、このモヒンガーです。米で作っためんに、スープをかけて食べます。屋台で食べるのが一ぱん的となっています。

モヒンガ―
おかゆ

これは、大なべでおかゆを作っているところです。このまま食べるそうです。

おかしも、お米で作っています。これはお米とさとうから作ったおかしです。甘くておいしいです。食べてみると、米のつぶつぶの食感が少し残っていました。

お菓子
  • モレサ1
  • モレサ2

これもお米から作ったおかしです。名前は、モレサといいます。これにココナツミルクを入れて食べます。このように、お米はごはんとして食べるだけでなく、おかしなどさまざまな形となって使われているんですね。

この5年間の労働力不足で、ヤンゴン周辺では田植えのすがたが消えた

  • 牛1
  • 牛2

ヤンゴン周辺の田んぼでは、あちらこちらで牛が放しがいにされて、草を食べているのを見かけます。今、ミャンマーでは農業の機械化が進められていますが、道が無くて機械が入れない田んぼでは牛を使うこともあるそうです。

また、ヤンゴン周辺の田んぼでは、5年ほど前から田植えをするすがたが見られなくなったそうです。その理由は労働力の不足です。原いんは二つあります。一つは海外への出かせぎです。となりの国のタイだけでも4〜500万人のミャンマー人が出かせぎに行っていると言われています。もう一つはヤンゴン、マンダレーといった大都市に出かせぎに行っているからです。農村から人がへり、田植えが出来なくなって、直播栽培 (ちょくはさいばい=田に直せつもみをまくこと) にかわっているようです。

ミャンマー仕様のトラクタ

KMCL外観

2015年に、クボタはミャンマー農業の機械化や農業の発てんに貢献 (こうけん) することを目的にクボタミャンマーを設立 (せつりつ) しました。本社はヤンゴンから南東約23kmのティラワ工業団地にあります。今回は同社のヤンゴン事む所を訪れて、クボタミャンマーの村田豊一 (むらたとよかず) 社長とマネージャのソーヨータさんにお話をお聞きしました。

村田豊一社長とソーヨータさん

村田「ミャンマーとクボタには長い歴史があります。1953年に戦後賠償 (せんごばいしょう=戦争でそん害をあたえた国につぐなうこと) として、クボタは耕耘機 (こううんき) をミャンマーにゆ出しました。1962年に耕耘機工場を、1978年にディーゼルエンジン用の鋳物 (いもの=金ぞくで作った器物) 工場を作りました。2011年、タイのサイアムクボタがディストリビューターを通じてミャンマー国内で農業機械を販売 (はんばい) し、2015年にクボタミャンマーを設立しました」

  • トラクタ1
  • トラクタ2

村田「ミャンマー農業については、種もみの品しつ、ひ料のやり方、農薬の使い方などさまざまなか題があります。まず、整地から始めなければなりません。手がりなら田んぼがでこぼこしていてもかまいませんが、コンバインで稲かりをするには整地されている必要があります。ですから、ミャンマーのトラクタには9割ぐらいに整地用のドーザーをそう着しています。まず土地を平らにすることが、ミャンマー農業発てんの第一歩です」

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