戦国時代1467年から1574年

戦国時代

応仁の乱後、大名が入り乱れて争う戦国時代になると、戦国大名は自分の領土をいかに拡大し、いかにお米の収穫量を上げるかに腐心しました。農業を奨励しながら、農民の自治組織である惣の解体に力を注ぎ、農民から武力を奪いとって、一部の農民を家臣としていきました。自然の村を行政村に強力に切り替えていったのです。

お米をより多く収穫するには、荒れ地開発を奨励して田んぼの面積を増やし、田んぼを水害から守らなければなりません。そのために戦国大名は、田んぼを守る工事を始めるようになりました。
甲州の武田信玄は、1542年 (天文11年) に起きた釜無川の大洪水の後、今でも残っている有名な堤防である「信玄堤」を築きました。「信玄堤」の特徴は、洪水の時の川の流れに逆らわず、各種の造形物で勢いを柔らげることによって堤防の決壊を防ぐというものです。
加藤清正は「乗り越し堤」という方法で、田んぼを水害から守りました。これは低い堤防で洪水の勢いを弱め、水がおだやかに堤を越えていくという方法です。

室町時代

安土桃山時代