大正13年、泥炭地に打ち込まれたツルハシの力。国づくりを支えた北海幹線用水路

ここ20年ぐらい、水には困らない

岩口一

岩口一 (Iwaguchi Hajime)
農業

北海道の中央部に位置する空知平野では、専業農家を主体に大規模で生産性の高い農業経営を展開し、 食料基地・北海道の中核を担っています。この地に生まれ、 二十歳のときに就農して以来37年間、 北海幹線用水路の水を使って米づくりを続けて来られた奈井江町の農家・岩口一さんにお話をお伺いしました。栽培面積は約32ヘクタール。つくっているのは「米、麦、大豆、ブロッコリー少々」とのことでした

岩口「やり始めた頃は、水には苦労しました。 昔はやっぱりね、支線は小さい土水路で、水量も少なかったと思います。 こっちのほうが下 (しも) だから、代掻きの頃に、なかなか水が来ないとか。 隣近所で話し合いながら、水を使っていました。ここ20年ぐらいは、水には困らない。 今年も旱魃 (かんばつ) 気味で、他の幹線では節水してるけど、北海幹線は水量を保ってますね」

レーザーレベラー、GPSを駆使する先進の農業

これだけ広いと水の管理も大変では、とお聞きしましたら、 笑顔で力こぶをつくるポーズをとられました。 腕前、即ち水の管理技術です。

岩口「これを回すと、水が出てきます。 ここからずーっとパイプが入ってるんですよ。塩ビ管の。このハンドルは排水用です」

  • 排水用ハンドル
  • 水の管理1

岩口「ここが、暗渠 (地下に埋設された用水路) につながっているんです。 集中管理孔というシステムです。排水も出来るし、 暗渠に水を流し込み、下から田んぼに揚げることも出来ます。 麦や大豆に転作するときに、地下水位を上げてやるんですよ。 水が根に届くように、作物に合わせてコントロールするんです。 いいシステムだと思いますよ。水が豊富だから実用化できたんでしょう。 北海土地改良区で考えたんだと思います。この栓が、水を揚げる栓です」

暗渠排水は、田んぼの地下に穴が開いたパイプを埋めて、 このパイプに入り込んだ水を、田んぼの外の水路に排出する仕組みです。 田んぼの地下の水位を下げて、ぬかるんだ田んぼを乾かすことが出来ます。 逆に、この穴が開いたパイプに水を流し込むと、 田んぼの表面まで、下から水を揚げていくことが出来ます。

  • 通水用ハンドル
  • 水の管理2

岩口「これだけ田んぼが大きくなると、水の偏りがないように、 田んぼの土の均平作業も、レーザーレベラーを使う。 そういう時代。防除作業も、GPSです。 自分が農業機械で走った跡をモニターで確認して、防除剤を二重掛けしないようにする。 二重掛けすると濃度が上がって、作物に悪影響を与えるので、継ぎ目をぴったりにするんです」

水の管理3

「水の管理が良くなったから、直播にでも挑戦してみよう」

直播栽培への挑戦のきっかけは、北海土地改良区によるパイプラインの整備だったそうです。 岩口「昔は田渡しで水を入れてたんだけど、用水路からパイプで直接、一枚一枚の田んぼに水が入るようになったんです。 他の田んぼと栽培時期がずれてもいけるので、私を含めて三人で、 『水の管理が良くなったから、直播にでも挑戦してみよう』って」

直播栽培1

直播栽培は、種籾 (たねもみ) を苗代田で発芽させて 苗を田んぼに植え替える (=田植え) という移植栽培ではなく、 田んぼに直接種籾を播く栽培方法です。育苗にかかる費用や時間を省けますが、 種籾を鳥に食べられて収穫量が減少するとも言われています。

  • 直播栽培2
  • 直播栽培3
  • 直播栽培4
  • 直播栽培5

鳥害についてお聞きしましたら、笑っておっしゃっていました。

岩口「鳥が来ても、見て見ぬふりをすればいいじゃないか、と (笑)。 田植えがいらないし、畑作業気分でスニーカーで出来るから、長靴を履かんでもいいし (笑)。 でも、芽が出てくるまで、心配だけどね。忘れた頃に出てくるんだけどね (笑) 。 出てきたら、もう一安心。鳥は食べに来るけど、思ったより、収量に影響はないなと思って」

鳥害対策としては「鉄コーティング湛水直播栽培」などの農法も開発されています。

鉄コーティング湛水直播栽培1 鉄コーティング湛水直播栽培2

鉄コーティング湛水直播栽培は、種子を鉄粉でコーティングしてから、水を入れた田んぼに 直接播く栽培方法です。鉄粉でコーティングすることで、表面が硬くなり、スズメの食害の 心配が少なくなります。また、重くなるため、水に浮くことを防止出来ます。移植栽培と比べ、 育苗作業・苗運搬が不要で約60%の労働時間の短縮が可能などメリットが多いために最近、 注目を集めている農法です。岩口さんの田んぼでは、以前はコーティングした種子を使い、 今年はコーティングしていない種子での直播栽培の研究をなさっています。

岩口「直播栽培では、田んぼに水を入れたり抜いたりっていう作業も、必要なんです。 丸一日水に浸けて、二日干して、種籾に酸素を与える。出芽してから、それを3~4回繰り返すんです。 暗渠に水を入れて、地下から揚げてやるんです。 上からだーっと流し込んでも、向こう端まで行くのにちょっと時間がかかるんです。 こっちは水が深いけれど、向こうはなかなか水が薄いという状態ですね」 岩口さんの田んぼは、ほ場整備で広くしたため、一辺が約170~200メートルあるそうです。

種播きから26日後

岩口「下から揚げてやると、平均的に水位が上がって来る。 直播は水の管理がポイントです、ほんとに。毎日、毎朝、水を見てまわる。 全部まわると、2時間ぐらいかかります。まあ、たまにサボるけど (笑)」

  • 種播きから85日後
  • 開花

畦道 (あぜみち) での情報交換

岩口「奈井江という地域は高品質米へのこだわりの人が多くてね。『ゆめぴりか』の出荷率は毎年、トップ。『ゆめぴりか』は最近、消費者にも評判が良くってね。 (何事についても) とっかかりはこの地域は早い、挑戦する地域です。よその方が、直播栽培も見に来る。 農業改良普及センターのモデル地区にもなっていて、現地研修もやっています。 でも大変、変なところは見せられないから。一番いいところを見せんといかんでしょ (笑)」

岩口「情報交換もよくやります。畦道に座ってサ、半日ぐらい話すこともあるし」

高柳さんがおっしゃっていました。 高柳「空知で米づくりが出来るのは、先人たちのお蔭だと思います。壮大なビジョンを追求した先人たちのお蔭です」 「北海土地改良区四十年小史」に次のような一節があります。
『石狩川左岸の広大なる平野を美田化しようとする先人の夢は70年以前に描かれていた。明治42年、当時空知川を水源として砂川村以南1町6ヶ村にまたがる大地域を対象とする一大かんがい溝の実現を目指して、 空知川かんがい溝期成会が結成せられ、 幹事として北小太郎、細野生二、真田嘉七、山口由太郎、石黒長平、北村黽、中島定六の7氏、(中略) 工事の調査設計を北海道庁に請願した。(中略) これが事業計画の濫觴 (らんしょう) をなしたものである。』
※濫觴=物の始まり、物事の起源。

友成仲の像と高柳さん

明治政府の食料増産の悲願に応えるべく、 空知を米所にしようと、力を合わせた先人たち。 そのビジョンもまた、畦道での情報交換から始まったのかも知れません。

国内各地をはじめとして、オーストラリアやフィンランドの農場の視察にも訪れた経験のある岩口さん。

岩口「直播栽培は、一朝一夕で身につく技術じゃないから、ちょっとやってみるべ、と。 省力化にもなるし、これからやっていかなきゃならない技術だろうなあ、と思って」 平成23年度「米の食味ランキング (日本穀物検査協会)」で最高ランクの特Aを獲得した「ゆめぴりか」へのこだわり。 北海土地改良区による区画整理・排水整備・暗渠排水・客土事業等によるたゆみない総合支援。 大規模化に対応する直播栽培。いまも生きるフロンティア精神で、空知農業の挑戦は続いています。

直播栽培の写真を提供してくださった:株式会社北海道クボタの伊藤徹さん

(2012年7月29日 写真提供:北海土地改良区 文責:くぼたのたんぼ管理人)

稲作限界標高1,000メートルでの挑戦を支える白樺湖の美しい素顔

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