稲作限界標高1,000メートルでの挑戦を支える白樺湖の美しい素顔

観光産業から、こだわりの米づくりへ

当地の農業について、農家の方々と関東甲信クボタの営業所長にお話をお伺いしました。

両角磯司

両角磯司 (Morozumi Isoji)
農業/茅野市池の平土地改良区元理事長。理事長時代の平成12年には、地震に備えて白樺湖の改修を実施。米に加えて、花もつくられています。

両角清幸

両角清幸 (Morozumi Kiyoyuki)
農業/以前はキャンプ場や馬車などの観光事業も経営。現在は農業に専念して、標高1,000メートルの地でのコシヒカリづくりをなさっています。

中村春二

中村春二 (Nakamura Syunji)
株式会社関東甲信クボタ茅野営業所所長/当地の農家の出身ですが、「実家の農業は兄が継いでいます」とのことでした。栽培の合理化提案などで、当地の農業を支援しています。

※柏原地区は120戸以上の集落ですが、その三分の二以上の方の姓が「両角」であり、名前で呼び合う習慣があるそうです。ここでもそれにならい、「磯司さん」「清幸さん」と呼ばせていただきます。

お話をお伺いしたのは、磯司さんの事務所です。花をつくる温室に隣接し、南アルプスのさわやかな風が入る居心地の良い事務所です。

3ショット

中村 「ここは気持ちいいね。天然のクーラーだね」

磯司 「そういうふうにつくってあるから。清幸さんは、いつもここに遊びに来ているんですよ」

清幸 「そうそう (笑) 。そのへんで田んぼをやっていますので」

猫

磯司「眺めもいいでしょう。猫が幾匹もいますから、来たらどけてくださいね。うちの猫は人懐っこいから、すぐに膝に上がって抱けっていいますから」

  • 温室の花1
  • 温室の花2

磯司さんは米に加えて、この温室で花をつくられています。

磯司 「花も、値段が下がっていますね。世田谷、杉並、板橋の卸市場に自分で運んで、やっと採算が合うぐらいです」

中村 「それも、高速道路を使わないでね」

清幸さんは、以前は農業のかたわらで観光事業も経営なさっていたそうです。

清幸 「白樺湖の氷が壊れるんじゃないかって思うぐらい、スケートのお客さんが来て。自分もキャンプ場をやっていました。馬にお客さんを乗せたりもして」

磯司 「馬耕をやっていた馬を、観光用に転用していたんですよね」

清幸 「馬に鞍を乗せて、引いてね」

田んぼ

米づくりは、生まれたときから

磯司 「米づくりは、生まれたときから親父と一緒にやっています。このへんは、標高1,040メートルぐらいあるから、三分の一はお米が実らなくて立っていました。親父はいま百歳近くになるんですけれど、戦争から帰ってきて、戦後で食糧が足りないということで。それで音無川を溜め池にして温度を上げて、表面で温まった水だけを下に流して田んぼに入れようとなったんです」

コーヒーブレイク

コシヒカリの限界標高

磯司 「うちは県推奨米のあきたこまちですが、清幸さんは、コシヒカリをたくさんつくっています」

清幸 「コシヒカリは10年ぐらい前に、最初に自分がこの地域に持ち込んでつくり始めました」

稲作が可能な限界標高は気候帯により異なりますが、日本では1,000メートルあたりと言われています。また、コシヒカリは寒さに弱い品種とも言われています。

中村 「以前は、コシヒカリの限界は800メートルとか言ってましたけどね。それが清幸さんの場合、1,000メートルでも大丈夫なんですね」

外で3ショット

お二人ともこだわりの米づくりをして、直販をなさっています。 磯司 「お米は直販しています。ネットではなく、口コミルートです」 中村 「でも、皆さんのやり方だと量産はできないよね。手をかけすぎて」 磯司 「そう、できないね。できないけどね、先人の知恵をうまく取り込んで、籾摺りも自分で、機械でしています。籾摺りの機械って、よくできていますよ」 中村 「農業機械は、先人の知恵のいいとこどりをしているんですよね」

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