稲作2000年の地の心が守る 宇和町の水と風景

米としゃべる

第一観音水では、毎年8月10日に観音様への感謝のお祭りを行います。

松末「奉納相撲をやります。昔は相撲が盛んで、あらゆるところから相撲の好きな人が寄って来てですね、にぎやかにやっとったんです。それが最近は人数が足りなくなって、しかし観音水の相撲は絶対にとらないけんが、ということで、いまは子どもを主体にして、女の子にまで、『おおい、とってくれにゃいけんが』とお願いしてやっております。景品に、いろいろなものを当番の方がこしらえておりますから、子どもたちも楽しみにしてやって来てくれます」

  • 松末
  • 奉納相撲の土俵

松末「私は、朝五時半頃からずっと圃場を歩きよります。稲を見て、稲と話をしよります。自然と声が出ますよ (笑) 。こりゃ肥料が足らんなあとか、そういうことをですな、話しかけています。人が見よって聞いたら『どうしたんだろう』と思うんじゃなかろうかと、一人で笑うことがあります。 気合いが入ってきたら自然と米としゃべります」

わらぐろの風景

  • わらぐろの模型
  • わらぐろと靄の風景

鈴木「田んぼのなかには学校とか公民館とか警察署とか、ごく限られた建物しか建っておりません。何もない。山と池があって、ふもとに家があり、田んぼという職場がある。田んぼの真ん中って、よく繊維産業の縫製工場とか化学部品工場とかがありますでしょう。それがまったくない。うちは、米です。だからあの風景が守られています。何かを呼ぼうという気がなく、田んぼという職場をずっと守り続けてきました。絶対に荒らさない。田んぼの真ん中を『沖』と言うんですけれど、沖までわらぐろ作りをして、わらをとって帰っちゃ、畑に敷いたり、牛にやったりしよるんですよ」

宇和の風物詩「わらぐろ」は、脱穀した後の藁を円錐状に積み上げたものです。

鈴木「この地域では、企業誘致とか住宅地政策をするのではなく、常に農業推進でした。愛媛県で米どころは宇和だ、と。先祖伝来の土地を守り続けています。水田については最先端を譲らなかった。農業用水リサイクルシステムも、町をあげて取り組んできました。農地優先の町です。そこが、宇和がずっとこだわってきたところで、昔ながらの景色がずっと続いているところです」

田んぼ

進取の風をとりいれながらも、田んぼしかない米作り2000年の風景は、これからも守られていくことでしょう。

鈴木「真面目な人たちです。農業しかしていない。 米しか作っていない、水を汚しちゃいかん。それがこの町の心なんです」

宇和米博物館

宇和米博物館
〒797-0015 愛媛県西予市宇和町卯之町二丁目24番地 TEL.0894-62-5843 卯之町を一望出来る高台に、昭和3年 (1928年) 建築の木造校舎旧宇和町小学校を移築して、「米どころ宇和」を紹介しています。館内には、国内外の稲約80種類の実物標本や宇和地方で使われていた農耕具など、 「米どころ宇和」ならではの展示物がズラリ。 実験田では、国内外の赤米・黒米を中心に100種類ほど栽培しています。宇和の盆地は二千年以上も前からずっと水田農耕を営んできた地域です。古代から南予一の穀倉地帯として「米」を作り続けてきました。 現在でも先端技術を取り入れて米作りをしています。
そんな宇和町発展の基盤となった先人の遺産とさまざまな技術発展の進む今後の農業のあり方を紹介したのがこの宇和米博物館です。また、109メートルの長い廊下を使って、雑巾がけを体験することが出来、 雑巾がけのタイムを競う「Z-1グランプリ」が毎年開催されています。

観音水

観音水
〒797-0010 愛媛県西予市宇和町明間 観音水は、名水百選に選ばれた自然湧水です。 戦国時代に、当地を治めていた一族が京都の清水寺に参詣し、 当地に戻って城内に観音像を安置して水が湧き出すように念じたところ、 清水が湧き出したので「観音水」と名付けられたと伝えられています。 湧出量は日量8000tで、水温は年間を通じて14℃です。 夏期には、流しそうめんの営業があります。 毎年8月10日には水への感謝を込めて観音祭が行われています。

<2011年9月15日 文責:くぼたのたんぼ管理人>

夢を捨てない久米島農業人に神が味方したカンジンダム

17才の少年の瞳に映った幻 空の水路・通潤橋